真剣師とは、賭け将棋で生計を立てる将棋のギャンブラーのことです。


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今ではギャンブルのイメージが全くない将棋ですが、昔はこの“真剣師”が存在し、中でも有名で最も破滅的な伝説を残したのが小池 重明という男です。


将棋の腕は確かだったものの、自滅の道を歩んだ彼の人生とは。


真剣師の小池 重明ってどんな人?

Profile-

●Profile

小池 重明(こいけ じゅうめい)


本名:こいけ しげあき

出身地:愛知県名古屋市

生年月日:1947年12月24日

職業:真剣師


小池 重明は、賭け将棋で生計を立てる真剣師であり、アマチュア将棋界でも複数のタイトルを獲得しています。


名が知れてからは、雑誌の企画での対局でプロ棋士をも次々と倒す強さから、『プロ殺し』、『新宿の殺し屋』と呼ばれた伝説の将棋ギャンブラーです。


しかし、私生活は荒んでおり、人妻との駆け落ち三回、酒癖の悪さや暴力、借金まみれ、寸借詐欺騒動を起こし新聞沙汰など、逃亡と放浪を繰り返した破滅的な人生でした。


が、将棋だけには破格の才能を持っていた男・小池重明。


44歳という若さで衝撃の死を遂げ、彼の残した棋譜と壮絶な人生は今もなお伝説となっています。


恵まれない家庭環境~将棋との出会い

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父親は健常者でありながら傷痍軍人を装い物乞いをする“アコーディオン弾き”で、ギャンブルに明け暮れていたそうです。


母親は自宅などで男性客の相手をする娼婦。


彼が将棋をはじめたきっかけは、父親から『男なら博打の一つも憶えておけ』と言われ教えてもらったから。

「雨の日、父は皆にアコーディオンを聞かせてくれて、とても嬉しかった。」


 「将棋を教えてくれる前に、チンチロリンや花札を教えてくれた。」


と小池は楽しげに思い出を語っていたという。


中学生で将棋を覚えた小池は、高校に入ると学校には行かずに将棋に熱中する。


約一年で三段になり、中部日本学生将棋選手権では大学生を破り優勝した。


しかしこの対局で、常識外れの賭け将棋を相手の大学生に持ちかけており、道場を破門、高校も中退してしまいます。


『新宿の殺し屋』と呼ばれる真剣師の道へ

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高校を中退した後、間もなくして小池は「将棋で生計を立てたい」と思うようになる。


東京・上野にある将棋センターの住み込み従業員として働きながら、プロ棋士になるため腕を磨く日々を送った。


22歳頃に知人の薦めでプロを目指して松田茂役に弟子入りしている。


素行が悪くプロ入りならず・破門

しかし、勤務先の将棋センターの金を着服したことをきっかけに、将棋センターを解雇されると同時に、松田茂役にも破門にされる。


様々な職業に就きながら将棋を続けるも、雇い主の妻に手を出したり、客の未亡人と駆け落ちするなど女癖が悪い。


book1

さらに大抵の場合、職場の金をくすね、寸借詐欺まがいの金集めをするなどして信用をなくしていく。


少し金を持つとギャンブル・女・酒にのめり込み、たちまち借金地獄になったそうだ。


それでも将棋は異常なほど強かったいう。


日本一の真剣師として脚光を浴びる

プロ入りを断念した小池はその後間もなくし、地元名古屋で知り合った女性と結婚し子供を授かる。

しかし、その子供が出産から数日で亡くなるという不幸に見舞われてしまう。


精神的ショックから抜け出せなくなった小池は数年間勤務していた会社を辞め、賭け将棋が行われている将棋道場へ出入りするようになっていく。


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東京・新宿の将棋道場に籍を置いた小池は賭け将棋で連戦連勝、『新宿の殺し屋』の異名を持つ真剣師として名をはせることとなる。


その後、32歳になった小池は、当時日本最強の真剣師と呼ばれていた大阪の加賀敬治との対局に挑んだ。


1日目は50万、小池の3勝1敗、2日目は20万、小池の4勝6敗、トータル7勝7敗ながら金額的には小池が勝利した。

  • 1日目:小池50万円 加賀0万円
  • 2日目:小池0万円 加賀20万円
  • 合計:小池50万円 加賀20万円

戦績は互角であったものの、初日の勝ちが効いて、加賀は小池を日本一の真剣師と認めることになった。

アマチュア将棋界のTOPへ、しかし破滅的な性格・行動が人生を壊していく

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日本一の真剣師となった小池だが、私生活では妻と別居の末に離婚、そして深く酒に溺れるなど次第に荒んだ生活を送るようになる。


その有様を見かねた知人からある日「賭け将棋ではないが優勝すれば賞金が出る」と勧められた小池は、アマチュア将棋の大会に出場し優勝した。


真剣師から一転、小池はアマチュア名人戦で2連覇を果たし、将棋世界アマプロ戦でアマチュア初勝利などのタイトルを獲得し、アマチュア将棋界のTOPに立つ。


雑誌の企画でのプロ棋士との対局では、角落ちなどのハンデ戦ながらも多くの勝利を重ねている。

2度目のチャンス・プロ入りは断られる

アマチュア界のTOP、そしてプロ棋士との対局での勝利など、脚光を浴びることとなった小池だが私生活は荒んだままだった。


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大山名人との対局前夜には深夜にスナックでビールを飲み、口論になったボーイを殴り、留置場から対局場へ向かったという。


しかしながらこの大山名人との対局で勝利を納めているのだから、将棋の腕は確かであり言葉が出ない。



また、有名になることで、過去の女性トラブルや浪費癖、借金などが明るみにされ、寸借詐欺の件が新聞に掲載されたことで人生は悪い方へ流れていきます。


この頃実は、再度プロ入りの話が出たのだが、新聞沙汰になったことで日本将棋連盟に反対され、却下されてしまいます。


このプロ棋士への協議の直前にも、飲酒によるトラブルで店の従業員を殴り、アマチュア名人戦直前に警察に連行される不祥事を起こしていた。


素性の悪さが表面化してしまい、遂にはアマチュア将棋界からも追放され、小池は大きなショックを受け数年間将棋界から姿を消した。


壮絶な半生~最期の死に様は・・・

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有名になりすぎたが故に、賭け将棋で小池の相手をする者がいなくなってしまったことも、彼を将棋から遠ざけるのに拍車をかけた。


また、小池が来るとヤクザや借金取りが押しかけてくるため、彼の出入りを禁止していた会場も少なからずあったという証言がある。


40代に入ると、すでに肝硬変を発症していた小池は突然吐血するなど体調悪化を訴えるようになる。


80kg以上あった体重は半分まで落ちる程に痩せ衰え、『かつての真剣師の面影は消え失せていた』と言われています。


そんな中、病院を抜け出し、彼が最後に挑んだ対局の相手はアマ名人の天野高志で、結果は小池の2連勝だった。


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この時小池は、病魔の苦痛に耐えながらも笑顔を見せたという。


天野高志との対局の数日後、病院に戻った小池は再び吐血し容態が急変。


最期は病室のベッドで体に繋がれたチューブ(生命維持装置)を自ら引きちぎって死亡したとされている。


1992年5月1日、44歳の若さだった。



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